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「10速オートマ」時代で、ギヤを多段にする必要性とは? [車]





自動車の変速機の多段化がまたひとつ進もうとしている。

 ホンダは何と10段ものギヤを持つトルコンステップATを準備中である。これまで最も多段化が進んでいたのはダイムラー(ベンツ)の縦置き9段、とZFの横置き9段で、共にデビューは2013年のことだった。少し前まで4段程度のオートマはたくさんあった。しかし今や5段、6段では多段とは感じない。7段あたりからようやく多段ミッションという印象にさま変わりしているのだ。

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【変速機で有名なドイツのZF社が開発した横置き9段変速機。変速比の倍率はほぼ10倍に到達した】

 「ギヤの段数なんてそんなに多くなくて良いんじゃないの?」と思う方も多いだろう。正直、数字だけ聞いていると無意味な競争に聞こえるのは確かだ。しかし、実はこの多段化はエンジニアリング的に大きな意味があるのだ。特に昨今流行の小排気量ターボとの組み合わせによって低燃費を実現しようと思えば多段化は必須とも言える。今回はその理由と存在意義について考えてみたい。

●トランスミッションのコペルニクス的転換

 クルマ好きの人はよく「ギヤ比がクロスだ」とか「ギヤ比がワイドだ」という言い方をする。これは要するに、刻みが細かいか粗いかという話だ。ちょっとたとえ話をしてみよう。1メートルの高さを3つの階段で刻めば1段は33センチになる。5段で刻めば20センチ。3段の方がワイドで5段の方がクロス。だからギヤの段数は多い方がクロスになる。

 かつてはこれが常識だったのだが、昨今の多段トランスミッションにはこの考え方は通用しない。何が違うかというと、同じ高低差の中で刻みを変えるのではなく、トータルの高低差を大きくしているのだ。20センチの刻みが5段なら1メートルだが、6段に増やせば1.2メートル、10段あれば2メートルになる。

 この「トータルの高さ」が実際のギヤで何を意味するかと言えば、要するに1速のギヤ比に対してトップギヤのギヤ比が何倍あるかだ。これをレシオカバレッジと言う。つまり「ギヤ比のカバー範囲=階段最上段までの高低差」がワイドになることをレシオカバレッジが大きくなると言うのだ。これは先ほどの「クロス」と「ワイド」で言うところの刻み数(1段あたりの段差)とは別なので注意してほしい。

●倍率の意味するもの

 昔のトランスミッションでレシオカバレッジが小さいものだと、4.11とか4倍台前半のものも少なくなかった。スポーツカー用の特殊なものだと3倍台もある。近年設計された6段程度のものだとこれが5倍台まで大きくなり、前述のダイムラーは9.17、ZFは9.81と10倍に迫る勢いになっている。なぜこんなことをするかと言えば、巡航時のエンジン回転を低く保って燃費を良くするためだ。

 仮に刻みが5つのままレシオカバレッジを4.11から9.81まで倍以上に増やせば、階段1段の段差が大きくなる。つまり「クロス」の反対の「ワイドレシオ」になってしまう。これでは加速が滑らかにつながらないし、回転の低い燃費の良いところを常に保って上手に使うことができない。だから多段化するのだ。

 「多段化なんてしなくても、元のレシオカバレッジのまま、全体を高速側に移動すればいいのでは?」と思う人もいるかもしれないが、クルマはエンジン性能と車両重量でほぼ自動的にローギヤ(1速)のギヤ比が決まってしまう。1速のギヤ比を高速側に振る(ギヤ比を下げる)と発進加速が鈍くなってしまうのだ。

 階段で考えたって1段目を高いところから始めることなんてできるわけがない。だからレシオカバレッジの小さい変速機を使う限り、高低差に限界がある。実際のクルマなら、トップギヤ巡航時のエンジン回転数を押さえるのは難しくなる。ということは、レシオカバレッジが小さければトップギヤでの巡航燃費が悪いのを我慢するしかないのだ。

●高効率なエンジン回転数はピンポイント

 そもそもエンジンという機械は、回転数を自由に変えて運転するのに適していない。船だって飛行機だってエンジン回転は一定に保ってプロペラやスクリューの角度を変えることで速度を変えるものが多いのだ。ところがクルマの場合、変速機の性能のせいでそれができない。プロペラやスクリューは無段変速なのだが、自動車の変速機はそのほとんどが有段変速だ。歴史上何度か無段変速機が登場したことはあるのだが、大抵のものは効率面で問題があり淘汰されてきた。

 1980年代以降大きく注目されてきたCVT(Continuously Variable Transmission)はこの無段変速を実現するものとして自動車メーカー各社が期待をかけてきたが、構造的にレシオカバレッジを大きくできないのがネックになってきた。それでも近年、副変速機を付けることで最新のものではレシオカバレッジが7.28まで向上した。これを「よくやった」と見るか「まだまだ」と見るかは立場によって違うだろう。

 さて、ここまで書いてきたレシオカバレッジ拡大の目的はエンジンの回転数を低く保つことなのだが、近年その重要性が増している。それは主にエンジン側の要求によるものだ。小排気量ターボの流行がその流れを加速させているのである。ターボとは、排気ガスで風車を回し、その力で同軸上にある対になる風車を回してエンジンに空気を余分に押し込む仕掛けである。空気を余分に入れられれば、燃料もたくさん入れられるので、排気量が大きくなったのと似たような効果がある。

 似たような、と書いたのは、同じとは言えないからだ。大排気量のエンジンは低速から高速まで、空気とガソリンが増えるのだが、ターボの場合、風車の容量設定によって効率良く空気と燃料を増やせる領域が限られる。単純化して言えば、小さなターボだとターボがボトルネックになって高速側で排気ガスの流路面積が足りなくなる。大きなターボだと低速側で流速が足りず、風車を十分に加速できない。

 吸排気の設計は、論理的にはすべからく特定回転数でのピンポイントチューニングなのだ。ターボはこれをさらに悪化させる。ターボを大小2つ付けるシーケンシャルターボはこのピンポイントを2つに増やす仕組みだし、低速の流速不足や風車の慣性質量によるレスポンス悪化をカバーしたい場合は低速側にスーパーチャージャーを使ったりする。しかしどんどん部品を付け足していけば大きく重くなり、結局のところ大排気量にした方がベターということになりかねない。そこに苦労しているのが現状だ。

 最近の小排気量ターボは、概念としては高速側を捨てることで成立している。つまり小排気量ターボは宿命的にパワーバンドが狭いのだ。大排気量エンジンの豊かな低速トルクをエミュレーションするために低回転での過給を重視し、高速側については、できる限り落とさないというコンセプトになっているのだ。具体的には2000rpm以下でのトルクを増やす仕組みであり、それを意図的に行っているのである。

●なぜ回転数を下げたいか?

 というのも、エンジンは高回転にすると予想外に摩擦抵抗が増えてしまうのだ。ギヤをニュートラルにしてエンジン回転をレッドゾーンの手前まで上げてみてほしい。回転計(あればだが)の針がそこで静止するということは、アクセルの踏み込み量分のエネルギーが摩擦と釣り合っているということだ。エネルギーが上回っていれば回転数は上がり続けるし、摩擦が上回っていれば回転数は下がる。

 だから、たとえ5000回転だろうが、6000回転だろうが、回転計が静止しているということは、それは工学的にはアイドリング(自立運転)なのである。アイドリングとは効率ゼロの状態のことだ。内部で全て消費してしまって何の仕事もしていない。

 この無駄をなくすためには、エンジン回転を下げるのが手っ取り早い。特に巡航のような大きなパワーを必要としない領域で回転を落とすと燃費の稼ぎ代が大きい。高速巡航で燃費がピークになるのは、多くのクルマの場合、時速80キロ程度である。運転する側にしてみると制限速度100キロの高速道路を、燃費のために80キロで走らなくてはならないのは不便だ。しかも実際の交通の流れは120キロ近い場合も少なくないのだ。

 少なくとも100キロで燃費のピークを出せるようにするためには、レシオカバレッジを上げて、100キロでのエンジン回転数を2000回転以下に落としたい。ターボを使って低速でのトルクをしっかり出せば、100キロでの走行抵抗と釣り合うだけの出力を低回転でも十分に出せる目算が立った今、レシオカバレッジの大きな変速機が注目を集めるようになったのである。前述のダイムラーの9段の場合、時速100キロ時の計算上の回転数は約1100回転になる。

 逆に言えば、高速巡航を諦めるつもりならば、10倍近いレシオカバレッジを求める必要がない。基本的な使用用途が都市内移動であったり、高速道路の使用頻度が低いならば、従来のような6倍程度のものでもこと足りる。

 これまで国内での低燃費技術は主にハイブリッドだった。しかし昨年、トヨタがオーリスで、ホンダがステップワゴンで小排気量ターボを手掛けて以来、国内メーカーでも小排気量ターボをラインアップに組み込む流れができつつある。

 筆者は正直なところ、小排気量ターボには懐疑的な面もあるのだが、少なくともこれら小排気量ターボユニットを搭載するのであれば、レシオカバレッジの大きなトランスミッションは必須だと言えるのである。

(池田直渡)
(この記事は(ITmedia ビジネスオンライン )から引用させて頂きました)



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